マルチクラウド戦略の基本:可用性と耐障害性を高める設計
単一クラウドへの依存リスクを回避し、システムの可用性を高めるマルチクラウド設計の考え方と実践アプローチを解説。クラウド間のデータ同期、トラフィック管理、コスト最適化の課題と解決策を探ります。
佐藤 裕介
大規模サービスのインフラ運用経験10年以上。Kubernetes、Terraform、CI/CDパイプライン構築を得意とし、信頼性の高いシステム基盤を提供します。
マルチクラウド戦略とは?
マルチクラウド戦略とは、単一のクラウドプロバイダーに依存するのではなく、複数のクラウドプロバイダー(例: AWS, Google Cloud Platform (GCP), Microsoft Azure)のサービスを組み合わせて利用するアプローチです。この戦略の目的は、各プロバイダーの強みを活かし、システムの可用性、耐障害性、パフォーマンスを向上させることにあります。
これは、複数のクラウドを使い分ける「マルチクラウド」と、オンプレミス環境とパブリッククラウドを連携させる「ハイブリッドクラウド」とは区別されます。
なぜマルチクラウドを検討するのか?
単一のクラウドプロバイダーでも高い可用性は実現できますが、マルチクラウドには特有のメリットがあります。
- ベンダーロックインの回避: 特定のプロバイダーに依存しすぎると、料金改定やサービス終了、サポート品質の低下といったリスクに直接影響を受けます。マルチクラウドは、ビジネスの柔軟性と交渉力を高めます。
- 耐障害性の向上: あるクラウドプロバイダーで大規模な障害が発生した場合でも、別のプロバイダーにトラフィックをフェイルオーバーさせることで、サービス全体が停止するリスクを最小限に抑えられます。
- 最適な機能の選択(Best-of-Breed): 各プロバイダーは得意分野が異なります。例えば、データ分析はBigQuery (GCP)、AI/MLサービスはSageMaker (AWS) というように、ワークロードに最適なサービスを選択できます。
- グローバルリーチの拡大: 特定の地域で強力なプレゼンスを持つプロバイダーを活用することで、世界中のユーザーに対して低レイテンシなサービスを提供できます。
マルチクラウド設計の主要パターン
マルチクラウドを実現するためのアーキテクチャには、いくつかの代表的なパターンがあります。
1. Active-Active パターン
複数のクラウドプロバイダー上でアプリケーションを同時に稼働させ、ロードバランサーでトラフィックを分散させるパターンです。
- メリット:
- 単一クラウド障害時もサービスを継続可能(高可用性)。
- リソースを常に活用するため効率的。
- デメリット:
- 実装が最も複雑。
- データの一貫性を保つための同期メカニズムが必要。
graph TD
subgraph "ユーザー"
A[ユーザー]
end
subgraph "DNS / Global Load Balancer"
B(Cloudflare / Route 53)
end
subgraph "AWS"
C[Application Server]
D[Database]
end
subgraph "GCP"
E[Application Server]
F[Database]
end
A --> B
B --> C
B --> E
D <--> F
図: Active-Active パターンの概要。データベース間の同期が課題となる。
2. Active-Passive パターン
メインのクラウド(Active)でアプリケーションを稼働させ、もう一方のクラウド(Passive)は障害発生時の待機系として準備しておくパターンです。
- メリット:
- Active-Activeに比べて実装がシンプル。
- 通常時のコストを抑えやすい。
- デメリット:
- フェイルオーバー時に切り替えの時間(ダウンタイム)が発生する。
- 待機系の環境が本番系と完全に同期されているか、常にテストが必要。
3. クラウド間の機能分割パターン
アプリケーションの機能ごとに、最適なクラウドプロバイダーを使い分けるパターンです。
- 例:
- Web/APIサーバー: AWS (EC2/ECS)
- データ分析基盤: GCP (BigQuery)
- 機械学習モデルのトレーニング: Azure (Azure ML)
- メリット:
- 各プロバイダーの最高のサービスを活用できる。
- デメリット:
- クラウド間のデータ転送コストとレイテンシが課題になる。
- アーキテクチャ全体の管理が複雑化する。
マルチクラウド実現のための技術的課題と解決策
マルチクラウド戦略を成功させるには、いくつかの技術的課題を乗り越える必要があります。
1. データの一貫性と同期
課題: Active-Active構成では、両方のクラウドのデータベースでデータの一貫性を保つことが最大の難関です。 解決策:
- マネージドデータベースのレプリケーション機能: Google Cloud SpannerやCockroachDBのように、地理的に分散したクラスタをサポートするデータベースを利用する。
- 非同期レプリケーション: 結果整合性を許容できる場合は、メッセージキュー(Kafkaなど)を介して非同期でデータを同期する。
2. ネットワークとトラフィック管理
課題: 障害時にトラフィックをスムーズに別のクラウドに振り分ける仕組みが必要です。 解決策:
- グローバルロードバランサー: CloudflareやNS1のようなDNSベースの高度なロードバランシングサービスを利用し、ヘルスチェックに基づいてトラフィックを動的にルーティングする。
- サービスメッシュ: IstioやLinkerdのようなサービスメッシュを導入し、クラウドをまたいだサービス間の通信を抽象化・制御する。
3. 抽象化とポータビリティ
課題: 特定のクラウドの独自機能に依存すると、ポータビリティが失われます。 解決策:
- コンテナ技術の活用: DockerとKubernetesを使ってアプリケーションをコンテナ化することで、どのクラウド上でも同じように実行できる環境を構築する。
- Infrastructure as Code (IaC): Terraformのようなマルチクラウドに対応したIaCツールを使い、インフラ構成をコードで抽象化する。これにより、AWS用のコードとGCP用のコードを同じリポジトリで管理できる。
# Terraformによるマルチクラウド構成の例
# AWSプロバイダー
provider "aws" {
region = "us-west-2"
}
# GCPプロバイダー
provider "google" {
project = "my-gcp-project"
region = "us-central1"
}
# AWS上にEC2インスタンスを作成
resource "aws_instance" "web_aws" {
ami = "ami-0c55b159cbfafe1f0"
instance_type = "t2.micro"
}
# GCP上にCompute Engineインスタンスを作成
resource "google_compute_instance" "web_gcp" {
name = "web-gcp-instance"
machine_type = "e2-micro"
zone = "us-central1-a"
# ...
}
4. 運用とコスト管理
課題: 複数のクラウドのコンソールや請求書を個別に管理するのは非効率です。 解決策:
- 統合監視プラットフォーム: DatadogやNew Relicのようなツールを導入し、すべてのクラウドリソースを一つのダッシュボードで監視する。
- コスト管理ツール: CloudHealthやFlexera Oneのようなサードパーティのツールを使い、複数のクラウドにまたがるコストを可視化・最適化する。
まとめ
マルチクラウド戦略は、単一障害点をなくし、ビジネスの継続性を高めるための強力な選択肢です。しかし、その実現にはデータ同期、ネットワーク管理、運用の複雑化といった多くの課題が伴います。
成功の鍵は、最初から完璧なActive-Activeを目指すのではなく、ビジネスの要求に合わせて段階的にアプローチすることです。まずはTerraformやKubernetesによるインフラの抽象化から始め、次にクリティカルな機能のみを対象にActive-Passive構成を試すなど、現実的なステップを踏むことが重要です。マルチクラウドは目的ではなく、あくまでビジネスゴールを達成するための手段であることを忘れないようにしましょう。
著者について
佐藤 裕介
大規模サービスのインフラ運用経験10年以上。Kubernetes、Terraform、CI/CDパイプライン構築を得意とし、信頼性の高いシステム基盤を提供します。